気候変動対策に向けた、「責任あるロビー(政策関与)活動」の実態を探る(2)
Tweet気候変動に対する政策にプラスにもマイナスにも働くロビー活動。インタビュー記事前編では、企業自体や所属する業界団体が気候変動政策に対して、前向きな後押しをしているかどうかを評価するLobbyMap(ロビーマップ)の概要や活用方法を解説いただきました。ロビーマップはClimate Action100+の対話ツールにも取り込まれており、情報開示の必要性も高まっています。
後編では、日本企業や業界団体によるロビー活動の情報開示と実態などに関して、引き続きInfluenceMap東京事務所の長嶋モニカさんにお話を伺った内容をご紹介します。
日本:1割以下のGDP付加価値貢献を代表する産業の大きな声?
ロビーマップの情報を活用した企業による業界団体エンゲージメントや、所属団体の気候変動政策への立ち位置を開示する企業が増えてきている傾向をご紹介頂きましたが、日本の現状はどうでしょうか。
InfluenceMapが2020年に行なった調査(※1)からは、偏った日本の対気候変動政策のロビー活動の現状が見えてきたと長嶋さんは言います。この調査では、日本経済への寄与度(雇用、生産活動成長、付加価値)と、国内の気候変動・エネルギー政策への直接・間接的なロビー活動をセクターごとに分析しています。間接的なロビー活動は、気候変動政策への働きかけの強さや政策による恩恵の大きさに基づき、影響力のある50の業界団体を対象にしています 。
その結果、日本のGDPへの貢献度合いから見ると1割以下しか占めていない7つの業界(スライド参照)では、パリ協定と整合していない政策提言を積極的に行なっている傾向が見られました。他方、GDP貢献で7割以上を占めるサービス産業を代表する団体は、気候変動政策に関しては概ね前向きではあるものの、総じて政策への働きかけが弱い傾向にあることが分かりました。
気候変動政策によって最も大きな影響を受け得るセクターを中心に後ろ向きなロビー活動の傾向が確認され、その働きかけも強いことは、ある意味容易に想像できるかもしれません。今回のインタビューでは、対GDP貢献度合いも含め、客観的に考える必要性を提示して頂きました。
また多くの国で課題となっていますが、気候変動政策に関わる各委員会の議事録の公開、パブリックコメントを提出した諸団体の公開など、政府側も政策関与の透明性を高めることで、政策決定をより民主的に実施できると述べます 。InfluenceMapではこうした問題意識のもと、サステナビリティに関する会計基準の策定に当たっているISSBに対し、気候ロビー活動に関連した開示項目を含めるよう、提言(※2)も行なっています。
所属団体の気候変動政策への立ち位置の開示を行なっている日本企業は、これまで確認できていませんでした。ようやく昨年12月、トヨタ自動車が先述のCA100+対象の50社の一つとして、初めての開示企業となったばかりです。これは日本初であると同時に、アジア初でもあり、アジア地域全体としても開示が未発達な分野と考えられます。
自動車産業:渦巻く環境・社会要因の狭間の行動と政策関与
ネットゼロ社会に向けて各産業が取り組む中、自動車産業においては電気自動車(EV)への移行が大前提となっています。各国における電源構成の脱炭素化の実態、EVバッテリーの原材料における人権を含んだ社会的な側面の課題など、総合的に取り組まなければならないものが多い中、こうした状況はどのように評価上考慮されているのか、伺いました。
IPCCの最新の報告書では、低炭素電源と電気自動車というセットが最も気候変動に対して有効的と報告されており、InfluenceMapではこちらとの整合性の中で各社のロビー活動の評価を行なっていると長嶋さんは説明します。
具体的には、再エネ比率の引き上げと電動化をセットで推進するような提言を行なっていた場合はプラスに評価する一方、電源の化石燃料比率が高いことを理由にハイブリット車を含む内燃機関を普及させるべきと言った働きかけを行なっている場合はマイナスに評価する、という評価方法です。
欧州、アメリカ、英国等では、内燃機関を廃止してゼロエミッション車に切り替える方針を打ち出しているところがあり、InfluenceMapの調査ではこうした各国政府の提案を妨げる働きかけを一部の自動車メーカーが行なっている実態もお話頂きました 。
バッテリーに他の社会課題が多く残されていることを認識する中でも、こうした電動化への世界の流れは進んでおり、現状の議論を把握し各社対応する必要性がますます高まっていることが伺えました。
GFANZ署名機関と気候変動への真なるコミットメント
投融資機関は、投融資先への働きかけやモニタリング活動に加えて、自らの姿勢を確認する必要性が世間から問われ、関連した法規制も増えてきています。
こうした状況を踏まえ、InfluenceMapでは企業の政策関与に加えて、金融機関による投融資を通じた気候変動への取り組みやコミットメントの分析もFinanceMap(ファイナンス・マップ)で行なっています。
例えば、2022年3月に公表された、世界最大手の上場金融機関30社の分析によると、日本を含んだ各国金融機関において、ネットゼロの目標に逆行するような投融資行動や政策関与が確認されました。
ほとんどの金融機関が、投融資ポートフォリオにおけるネットゼロへのコミットメントを表するGFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero – ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟)に署名しているにも関わらず、2030年までの複数セクターにおける具体的な目標を設定している機関は10社余りに留まっています (22年3月時点)。
こうした金融機関の取り組みがまだ道半ばである実態がFinanceMap情報で明らかになっています。現状を悲観するのではなく、この情報は自らの現状を把握し改善するために活用されることが一番多いと長嶋さんは伝えており、日本の金融機関も今後更に参考にすることが期待されます。
ユニバーサル・オーナーとして、「スコープ4」意識の重要性
最後に、ロビー活動評価のアセットオーナーによる活用事例を伺いました。
まだ、日本ではアセットオーナーによる活用は少ないと見られますが、もう一度最初にロビー活動を「スコープ4」として位置付けた図を思い浮かべて頂きたいです。こちらでビジュアル化されていた様に、政策関与の仕方によって、その後の個社や各セクターの行動、そしてその結果としての気候変動の物理的リスクの顕在化や、グローバル経済の移行の遅れに大きく響いてきます。 よって、市場全体に投資を行なっているユニバーサル・オーナーの立場にあるアセットオーナーは、個社対応だけでなく、政策関与の位置づけや働きかけも非常に重要となると長嶋さんは強調されました。
編集後記
「こんなに網羅的な取材を受けたのは初めて」と、インタビューを終えた長嶋さんは仰いました。
インタビューを実施する側としては、食わず嫌いをする前に、まずはロビー活動、そしてInfluenceMapが実施する分析を読者に理解して頂くことを第一の目的としていました。インタビューを通じて、私自身、NPO、研究機関、民間企業や政府と、それぞれに役割があり、気候変動に関連した政策関与の捉え方、実態を客観的に直視する方法として、その内容を把握し議論していく必要性を改めて考える機会となりました。Narrativeでご紹介した分析内容全てに賛成はしない場合でも、そうした別の視点への気づきのきっかけとなることが期待されます。
2度の記事に分けてそのインタビュー内容を紹介しましたが、InfluenceMapの分析を実施するグローバルのチーム構成など、こちらの文面では書ききれなかったことも更に対談中に盛り込まれているため、ぜひとも動画の方も合わせて御覧頂ければと思います(倍速で見て頂くことも可能です)。
(※1)日本の各セクターの影響度が分かる調査結果はこちらから:https://influencemap.org/presentation/Japanese-Industry-Groups-and-Climate-Policy
(※2)ISSBへの提言はこちらから
https://influencemap.org/report/Corporate-Climate-Policy-Engagement-and-the-IFRS-Climate-related-Disclosures-Exposure-Draft-19443
取材日:2022年7月21日
※ナビゲーター及びゲストの肩書は当時のものです
InfluenceMapについて
- InfluenceMapのURL
- https://influencemap.org/
- 創立年
- 2015年
- 評価先企業リスト(LobbyMap)
- https://ca100.influencemap.org/index.html
- 評価先業界団体リスト
- https://ca100.influencemap.org/industry-associations
- 評価先金融機関リスト(FinanceMap)
- https://financemap.org/financeandclimatechange
- 対象となるセクター
- 全セクター(自動車、鉄鋼などセクターに特化したレポートあり)
Navigator:岸上有沙 Arisa Kishigami
2007年からサステナブル投資に関連した仕事に従事。2015~2019年にFTSE Russellのアジア・環太平洋地域ESG担当者を経て独立。現在は、JSIF理事、早稲田大学非常勤講師、Chronos Sustainability社スペシャリスト・アドバイザー等を通じて、企業とサステナブルなお金の流れの好循環作りに携わる。
「当たり前の企業活動として、関わる環境や社会に配慮した経営を行う企業を応援するお金の流れを作りたい。」
そうした問題意識を元に、投資判断ツールを提供する立場から、ESG評価構築、企業対話、スチュワードシップ調査など、2007年よりサステナブル投資に携わってきました。
いま、10年、20年前に比べて経済や金融活動の中で当たり前に環境や社会に関連した「ESG」要素を意識する様になったことは嬉しいことです。
一方で、それが単に高評価を得るためや時流だからではなく、それぞれのESG課題になぜ取り組む意義があるのかを考え、それぞれの立場で取捨選択していけることが大切だと思います。
星の数ほどESG課題が存在する中、複数の投資家の声を代表する様な個別課題に取り組むイニシアチブが各国で活発化しています。
日本の企業は、投融資関係者は、どの様にこうした課題を認識し、取組み、評価され、イニシアチブに関わっていくべきなのか。
言語の壁、文化の壁、発信の仕方の違い等により、各国投資家の関心および日本の投資家・企業の考えが上手く巡り合っていないこともあるかもしれません。
このNarrativeを通して、そうした各国イニシアチブへの理解を深め、賛同・参加・実践・建設的な意見を反映させるひとつの橋渡しとなることを期待しています。