気候変動対策に向けた、「責任あるロビー(政策関与)活動」の実態を探る(1)
Tweetロビー活動と聞いて皆さんは何を想像しますか? 激しく政府に物申す活動家でしょうか? 企業による特定の政策への反対意見でしょうか? 何となく敬遠しがちなテーマですが、今回はそんなロビー活動に対する色眼鏡を外し、気候変動対策を軸としてロビー活動が意味するもの、日本の実態、そしてロビー活動に関する情報の活用方法について幅広くお話を伺いました。

今回の対談相手は、2015年に英国で立ち上がった独立系気候変動シンクタンク、InfluenceMap (インフルエンスマップ)東京事務所の長嶋モニカさんです。InfluenceMapでは大きく分けて ロビーマップ、ファイナンスマップ、そしてジャパン・エネルギー・トランジション・イニシアチブ(JETI)の三つの活動を日本では展開しており、後ほど詳しく紹介するようにロビーマップ評価はClimateAction100+の対話ツールにも取り込まれています。
気候変動政策においてロビー活動が意味するもの
IPCCの1.5度報告書では、気候変動問題に対して「強力で厳格かつ緊急の変革的な政策導入」が必要と強調されています。それにも関わらず、企業や業界団体によるロビー活動によって政策導入が何十年にも渡って妨げられてきた、と長嶋さんは指摘します。
ロビー活動、および政策関与とは、政策を左右する企業の活動を指しており、政策立案者や政府関係者への直接的な接触のほか、対外的な発信やPR、企業の社長による記者会見やインタビュー、外部の研究所への資金提供など、幅広い活動を含んでいます。また、企業による直接的な行動だけではなく、業界団体を通じた間接的な働きかけもロビー活動に含まれています。これらの活動は、多くの企業が日常的に取り組んでいることであり、日本企業にとってもロビー活動は身近な存在であることが分かります。

一見、全てのロビー活動(政策関与)が悪いイメージのように思われがちですが、そうではありません。たとえば、気候変動の視点から見れば、再生可能エネルギー比率の引き上げ、排出削減目標の引き上げなど、気候変動政策を前進させる上でも欠かせないプロセスだと言います。
InfluenceMapでは、こうした気候変動に関連したロビー活動をGHG(温室効果ガス)排出量のスコープ1~3に並んでスコープ4として捉え、最も影響力のあるスコープとして位置付けていることが印象的でした。

ロビー活動の改善を促す、企業から業界団体へのエンゲージメント
InfluenceMapが行なう主な活動の一つに、LobbyMap(以下、ロビーマップ。リンクは当ページの最下部を参照)という気候変動政策への関与を評価するプログラムがあります。企業や業界団体が行なう気候変動関連の政策関与を評価し、オープンソースのデータベースとして提供しています。
企業の評価に、主に企業が自ら行なっている政策関与(企業スコア)、そして所属している業界団体の政策関与(関係性スコア)の二つに分かれています。また、各団体に対して、一般会員なのか、それとも運営に深く携わっているのかなど、企業と所属団体の関係性の深さも分析しています。(詳しいスコアの見方は動画をご覧ください)
この両側面を加味してロビーマップの総合評価が算出されます。総合評価は多くの場合、一企業としての直接的な意見よりも、業界団体を通じての間接的な政策関与の方がより色濃く出ています。この結果、対外的には気候変動への対応に積極的な企業であっても所属団体が消極的であることから、ロビー活動の評価では悪いスコアが算出され、企業独自の姿勢との不一致が確認されることがあります。
こうした評価の情報は「臭い物に蓋をする」思いで、企業がロビーマップの情報を避けるようになる、ということも考えられます。しかし、この評価結果をむしろ積極的に活用する企業も増えていると長嶋さんは話します。
様々な目的で色々な団体に所属する中、全ての所属団体の気候変動への政策関与評価を独自で行なうことは、大手企業であってもリソースを要する作業です。こうした際に、InfluenceMapの情報を使って、自社が所属する業界団体の気候変動への方向性を確認していくことができるのです。
その一例として、ユニリーバの事例をご紹介頂きました。
2019年、ユニリーバはロビーマップの情報を基に、当時所属している全ての団体に対して、パリ協定と整合した気候変動政策の推進と前向きなロビー活動を行なうよう、CEOからのオープンレターの形で呼びかけています。

このように自社の方針に合わない所属団体に対して、企業自らが客観的なデータを用いてエンゲージメントができるようになった、とも言えます。
CA100+共同エンゲージメントに活用されるロビー活動評価
グローバルで最も気候変動への影響が大きいとされる160社を超える企業を対象に機関投資家が共同エンゲージメントを実施する、ClimateAction100+(以下、CA100+)というイニシアチブ があります。
CA100+は、エンゲージメント対象企業との対話の効率を上げ、企業の気候変動への取り組みの進捗を客観的に評価するベンチマークとして、2年前より「CA100+ Net Zero Company Benchmark」を開発しています。
2022年から、各社の実務的な(real-world)ロビー活動評価もこのベンチマークで提供される情報の一つに盛り込まれています。具体的には、先ほど紹介した ロビーマップの「企業スコア」と「関係性スコア」を活用して、企業の実務的な気候変動政策への関与と、パリ協定との整合性を確認する「気候政策アラインメント」の指標を付け足しています。現時点では新しい指標のため、このロビーマップによるスコアは、CA100+ネットゼロベンチマークの指標には影響のない参考指標という位置づけです。しかし、今後はネットゼロベンチマークの指標7「ロビー活動の開示」の評価に直接反映される予定であることも踏まえ、今からロビーマップの評価内容を確認するメリットは大きいでしょう。なお、こうしたベンチマークに盛り込まれる以前の2017年より、各機関投資家がInfluenceMapのデータを活用して企業に働きかけを続けています。その結果、InfluenceMapが独自に行なった分析によると、現時点ではCA100+対象企業のうち50社以上が自社と所属団体の気候政策関与の開示や見直し結果を公開するようになったことが分かっています。
それでは、日本企業や業界団体によるロビー活動の実態や評価はどうでしょうか?
インタビュー記事後編では、以下の内容へと続きます:
● 日本:1割以下のGDP付加価値貢献を代表する産業の大きな声?
● 自動車産業:渦巻く環境・社会要因の狭間の行動と政策関与
● GFANZ署名機関と気候変動への真なるコミットメント
● ユニバーサル・オーナーとして、「スコープ4」意識の重要性
取材日:2022年7月21日
※ナビゲーター及びゲストの肩書は当時のものです
InfluenceMapについて

- InfluenceMapのURL
- https://influencemap.org/
- 創立年
- 2015年
- 評価先企業リスト(LobbyMap)
- https://ca100.influencemap.org/index.html
- 評価先業界団体リスト
- https://ca100.influencemap.org/industry-associations
- 評価先金融機関リスト(FinanceMap)
- https://financemap.org/financeandclimatechange
- 対象となるセクター
- 全セクター(自動車、鉄鋼などセクターに特化したレポートあり)
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Navigator:岸上有沙 Arisa Kishigami
2007年からサステナブル投資に関連した仕事に従事。2015~2019年にFTSE Russellのアジア・環太平洋地域ESG担当者を経て独立。現在は、JSIF理事、早稲田大学非常勤講師、Chronos Sustainability社スペシャリスト・アドバイザー等を通じて、企業とサステナブルなお金の流れの好循環作りに携わる。
「当たり前の企業活動として、関わる環境や社会に配慮した経営を行う企業を応援するお金の流れを作りたい。」
そうした問題意識を元に、投資判断ツールを提供する立場から、ESG評価構築、企業対話、スチュワードシップ調査など、2007年よりサステナブル投資に携わってきました。
いま、10年、20年前に比べて経済や金融活動の中で当たり前に環境や社会に関連した「ESG」要素を意識する様になったことは嬉しいことです。
一方で、それが単に高評価を得るためや時流だからではなく、それぞれのESG課題になぜ取り組む意義があるのかを考え、それぞれの立場で取捨選択していけることが大切だと思います。
星の数ほどESG課題が存在する中、複数の投資家の声を代表する様な個別課題に取り組むイニシアチブが各国で活発化しています。
日本の企業は、投融資関係者は、どの様にこうした課題を認識し、取組み、評価され、イニシアチブに関わっていくべきなのか。
言語の壁、文化の壁、発信の仕方の違い等により、各国投資家の関心および日本の投資家・企業の考えが上手く巡り合っていないこともあるかもしれません。
このNarrativeを通して、そうした各国イニシアチブへの理解を深め、賛同・参加・実践・建設的な意見を反映させるひとつの橋渡しとなることを期待しています。