気候変動を中心とした、投資家が求める情報開示とは
Tweetタイムリミットが迫る気候変動への対応として、企業はどう取り組み、投資家や融資先にどう情報開示すべきなのか――。
このテーマに対して、ブルームバーグのリサーチシンクタンク部門であるブルームバーグNEF 日本オフィス代表 兼 アジア太平洋ESG部門長の黒崎美穂さんを招き、気候変動の政策と企業に求められる情報開示を中心に、ご講演いただきました。
ネットゼロに向けて世界は加速している
世界の温室効果ガスをセクター別に分類すると、電気、交通、ビル、産業界、農業に分けられ、これら全てがネットゼロに向かわないと気候変動は解決しません。ブルームバーグNFFはこれらのセクター全てに対し、脱炭素をどう実現するかを分析しています。DXやバイオエネルギー、水素などの企業の新しい技術、各国の政策や規制、サステナブルファイナンス、消費者の動向なども含め、包括的な調査分析を行なう機関です。
世界的なネットゼロに向けた動向について、2020年1月から2021年11月までの推移を見ていきます。2021年1月では、ネットゼロを宣言した国の割合は6~7割でした。しかし、1年もたたない間に割合は9割まで達しており、非常な大きな動きが見られます。
パリ協定では2℃以下の目標が言われていましたが、やはり1.5℃の目標が必須、特に2030年までの約10年が一番重要だ、と言われています。いわゆるカーボンバジェットと言われる温室効果ガスの累積排出量を考えていくと、これ以上排出し続けると地球の生態系が崩れてしまうからです。
ネットゼロを達成するのは大変で、コストなどネガティブな側面もよく聞かれますが、今取り組まないと色々なところで歪みが起きてしまいます。日本では台風がひどくなり、盛んな林業や農業に大きな影響が出てしまう、欧州やカナダの各地で森林が死んでしまうことも実際に起きています。
金融機関がネットゼロを投融資先に求めるGFANZ
国際的な動きと同時に、金融機関のネットゼロへの取り組みも非常に大きくなりました。代表的なものが、21年4月に設立されたGlasgow Financial Alliance for Net Zero:ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟 略してGFANZ(ジーファンズ)という組織です。アセットオーナー、年金機関、アセットマネージャー、それから銀行や生保のアライアンスなど様々なものが立ち上がっています(※)。金融機関もネットゼロにコミットすべきということで、今450以上の機関がコミットし、資産残高は130trillion USDを超え、その規模は増え続けています。日本の加盟機関も増えており、20機関ほどに上ります。
GFANZでは、ネットゼロと言っても1.5℃目標などの科学的根拠に基づいたネットゼロの目標値を設定することが推奨されています。特に、私が重要だと考えているのが、2030年の中間目標値の設定が推奨されている点です。
なぜ、金融機関がネットゼロを推進するのでしょう。それは、温室効果ガスのスコープ1,2の排出は少ないものの、スコープ3が重要視されるようになったこと。スコープ3である投融資先のポートフォリオでいかに温室効果ガスを減らすか、が金融機関に求められるようになったからです。
投融資先の企業に直接働きかけないと、スコープ3の排出量は減っていかない。そこで、まず第一歩目として投融資先の排出量がどのくらいなのかを計測する。だから開示が求められている訳です。
企業のネットゼロ宣言の科学的根拠や中身は伴っているか
企業のネットゼロの目標もどんどん増えてきています。SBT(Science-Based Targets:科学と整合した目標設定)イニシアチブは、実質ネットゼロかつ1.5℃目標に整合的な目標設定をしていきましょう、という点を推奨するグローバル機関で、ここに加盟する企業も今増えています。
経産省の調べによると日本企業では214社以上がネットゼロを宣言しており、これは素晴らしいことだと思います。しかし、投資家の立場になると、「このネットゼロの中身は何だろう?」と思われる方が増えており、問い合わせもいただいております。多くの投資家の方は、例えば自動車であれば車から出る排出、つまりスコープ3の排出量も含めた目標値も立てているかどうかも、大きなファクターとして見ていらっしゃいますね。
まだまだ足りない企業の情報開示
排出量の削減目標にあたって重視されるのが、ネットゼロの目標が企業戦略とどのように結び付いているのか、しっかりしたガバナンス体制があるのか・・・などの点です。投資家との会話をしておりますと、このような点において、まだまだ企業の開示が足りない、と仰っています。
開示のフレームワークには、CDPやGRI、SASB、TCFDなど様々なものがあります。今まではTCFDは複雑性が高いということで、実施される企業は少なかったですが、最近の開示がだんだんTCFDに沿ってきていることが分かっています。
先ほどお話したGFANZで求められること、ネットゼロへの戦略の開示や、気候変動のガバナンス、リスクと機会の開示などは、TCFDでやらなければならない事項です。現在日本で300社以上がTCFDに賛同しておりますが、今後も増えるでしょう。そして、再生エネルギー100%を目指すRE100の加盟数も、世界的に増えていくだろうという状況です。
再生エネルギーは、AmazonやGoogle、FacebookなどIT業界での導入がかなり高く、感度も高い水準にあります。IT業界は、データセンターのエネルギー使用量を気にされる企業が非常に多いです。このデータセンターにはどの国や地域の電力を使うのが良いのか、蓄電池を使ってどのように24時間365日の再生エネルギーを確保するのか、ということを考える企業が増えています。
そして今後は、サプライチェーンにも再生エネルギーの導入が求められていきます。特に日本は多くのサプライヤー企業を抱えているので、再生エネルギーを導入していかないと、サプライヤーとして選ばれなくなり、日本の経済損失にもつながります。
日本の電力の再生エネルギー化は進まない可能性も
再生エネルギーの導入はどのような選択肢があるのでしょうか。証書を購入しオフセットをするもの、グリーンタリフという再生エネルギー100%の電気料金を選ぶ、コーポレートPPAという電力の調達契約自体を再生エネルギーにする、オンサイトPPAという太陽光などの自家発電などです。
グローバルでは多いコーポレートPPAですが、日本では少なく、拡大余地があるかと思います。大きな電力を使用する企業が、再生エネルギー100%を達成するには、コーポレートPPAが増えていく必要があるからです。
一般的な電力の発電構成ですが、日本は石炭のコストが安いので、政策がなければ2030年くらいまでに石炭火力の比率がむしろ上がるのではないか、と弊社は予測をしています。現時点でも、先進国の電力は、日本よりも電力における温室効果ガスの排出係数が低い。ですので、記事にありますソニーのように排出係数の低い国に事務所を構えることを考える企業は今後出てくると考えています。
脱炭素への道筋は、企業と自治体の電力が鍵に
2030年までに温室効果ガスを46%削減する目標を日本は立てました。この鍵の1つ目になるのは、発電排出量の40%を占める事業用の発電です。鉄鋼の電炉化、家庭や業務部門でのヒートポンプを使った電化など、化石燃料の使用を電化することは、排出量削減につながります。その基となる事業用の発電自体を脱炭素にしていくことが、一番重要です。
もう一つの鍵は、自治体です。ある地域では、地域独自の電源を持ちたいということで、地銀がファイナンスをし、地元の事業者が発電所を立て、地元の小売業者が消費者に配る。このようにお金と電気の流れを地元の中で完結させる仕組みを取っている自治体が少しずつ増えてきています。石狩市の例では、再生可能エネルギー100%のエリアを作り、この地域に事業所を移動させようと税控除などの仕組みも導入されています。この点は、日本の面白いところだと思っており、非常にポテンシャルが高いと考えております。
最後に、私が国の有識者会議でもお話していますが、気候変動を成長の機会として捉えて欲しい、ということです。成長機会と捉えて戦略をガラッと変えていく企業も増えてきています。投資家から声が出ているように、気候変動を企業の価値向上や成長戦略にどうつなげるかという開示は非常に大事だと思っております。
(※)GFANZの傘下イニシアチブとしては、Net-Zero Asset Owner Alliance (NZAOA)、Net Zero Asset Managers Initiative (NZAMI)、Net-Zero Banking Alliance (NZBA)、Net-Zero Insurance Alliance(NZIA)、Net Zero Financial Service Providers Alliance (NZFSPA)、Net Zero Investment Consultants Initiative(NZICI)、Paris Aligned Investment Initiative(PAII)がある。
冒頭の動画の中では、更に詳しいプレゼンテーションとQ&Aセッションの様子も収録しております。ぜひそちらもご覧ください。
講演日:2021年12月8日
※ゲストの肩書はご講演当時のものです
Guest:黒崎美穂 Miho Kurosaki
ブルームバーグNEF 日本オフィス代表 兼 アジア太平洋ESG部門長 ブルームバーグNEF、日本韓国市場分析部門長を経て現職。2021年、首相官邸の気候変動推進のための有識者会議の委員、2020年に環境省の石炭火力発電輸出ファクト検討会の委員、2018年には外務省の気候変動に関する有識者会合の委員を務める。2007年よりロンドンのTrucost社にて環境リサーチアナリストを経験し、2009年にブルームバーグ社に入社。ESG(環境、社会、ガバナンス)アナリストとして、ESGデータと分析ツールの立ち上げを行う。RE100の独立アドバイザーも務める。慶應義塾大学経済学部卒。Imperial College London環境ビジネス修士号取得