Climate Action 100+対象企業から連なる、全ての企業での気候変動対策
Tweet昨年12月に日本においても2050年に向けてカーボンニュートラルを実現する目標が掲げられ、それに伴って各々の立場での対応が加速しながら行なわれていることは周知のことでしょう。こうした流れは欧州、アメリカ、そしてアジア諸国と世界各国に広がっており、各国の独自性と国際協力のバランスの中で実践が深められています。
そこで、Asia Investor Group on Climate Change(気候変動に関するアジア投資家グループ:AIGCC)の代表理事であるRebecca Mikula-Wright(レベッカ・ミクラ-ライト)さん、政策とプロジェクト担当のシニア・マネージャーの古野真さん、そしてClimate Action 100+ イニシアチブのシニア・マネージャーのValeri Kwan(バレリー・クワン)さんをお招きし、気候変動に関する機関投資家による企業対話の実践をご紹介頂きました。
AIGCC(エイ・アイ・ジー・シー・シー)は、気候変動リスクと機会を投資戦略や実務に組み込むことを使命とし、Global Investor Coalition on Climate Change (GIC)というグローバル・ネットワークの一部として、ヨーロッパ・北米・オーストラリア・ニュージーランドに加えて、アジアのアセット・オーナーや運用会社を代表して活動しています。
主な活動内容は、1)投資家の気候変動に関する意識向上、2)気候変動に関するリスクと機会に関する情報とツール提供、そして3)政策立案者への提言と対話です。
企業・投資家として気候変動に取り組む意義
気候変動を背景に、度重なる異常気象を発端とした自然災害による経済的コスト、そして個人や会社の従業員などへの社会的コストを回避または軽減するため、企業の行動が求められています。他方で、気候変動の影響が日常生活で如実に現れる中、市場が機能し続けるために必要な政策や規制の導入も多く検討されています。
また、経済活動を支える投融資関係者においても、どのように気候変動に対応しているかという開示や制度設計を求める声が高まっています。その上でも投融資先となる各企業の対応と情報公開が急務となっています。最悪の気候危機を回避するため、総合的なCO2排出量の削減の実現が不可避です。その削減の実現には、科学的根拠に基づいたポートフォリオの調整のため、個々の企業への具体的な働きかけをすることが投融資機関の役割として求められています。
なお、気候変動は社会におけるリスクですが、リスク回避や適応に関する活動は、投融資そしてビジネス面でチャンスへと変えることができます。一例として、2030年までの東南アジア地域におけるグリーン不動産への投資機会だけでも約17.8兆USDの規模と推定されており、個々のセクター・地域にこうした経済インセンティブを発見・創出することも、投資家の役割と言えます。
AIGCCによる取り組みを促す具体策:CA100+の仕組み
AIGCCでは、気候変動関連で投資家が企業と対話をするために業種別に項目を整理する等、これまでも多くの企業対話を支援してきました。その要の一つとして、現在ではClimate Action 100+(通称CA100+)という国際イニシアチブに対して、アジアの投資家向けにイニシアチブの整理と企業対話の管理をサポートしています。
CA100+は2017年末に発足し、2021年5月時点で約54兆USDの資産残高を代表する570以上の機関投資家が賛同したイニシアチブです。石油・ガスの採掘、公益事業、工業、自動車、消費財など、世界で最も気候変動への負荷が高い、つまりCO2相当の排出量が多いとされる企業167社がエンゲージメントの対象となっています。このうち33社がアジア企業、10社が日本企業です。
CA100+では、2社のリードインベスターと呼ばれる対話のまとめ役の投資家と、その他の対話に参加したい署名投資家の下、共同エンゲージメントを実施しています。日本企業に対しては、日本のアセットマネージャーと海外のアセット・オーナーがペアとなり、リードインベスターの役割を担っています。
対話の内容は、1)ガバナンス、2)行動、そして3)情報開示の3分野に主に分類されます。1)は役員レベルでの気候変動のリスクと機会に関する監督責任を明確にしたガバナンス体制。2)はパリ協定の目標に沿ったバリューチェーン全体での温室効果ガス削減への行動。そして3)はTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークに基づいた情報開示です。
AIGCCによる取り組みを促す具体策:ベンチマークツールの提供
CA100+で行なわれる対話の内容は、大枠としては分かりやすいかもしれません。しかし、複数の投資家によって各国の企業に向けて対話をする場合、個別企業の実態に伴った細かな状況把握とモニタリングが必要となります。特にアジア諸国の企業は、欧州企業に比べて法規制等による取り組みがこれまで整備されてこなかったため、より丁寧な対話が必要と認識されている傾向があります。
こうした背景から、Climate Action 100+では、ネット・ゼロ・カーボンへの移行に向けて、企業が具体的にどのように計画を策定、実施、開示して欲しいかという期待を整理して対話が行なえるよう、「ネット・ゼロ・カンパニー・ベンチマーク(※1)」を今年から新たに提供しました。
具体的には、10の指標で投資家との対話の対象企業別に実態評価を行なっています。2050年までにネット・ゼロとする目標を掲げているかどうか、短・中・長期での温室効果ガス排出削減目標を掲げ、脱炭素に向けた戦略を立てているかどうか、そしてガバナンス体制やTCFDに則った情報開示を実施しているかどうか、などを確認しています。なお、9つ目の指標は、「公正な移行(Just Transition)」、つまり低炭素な経済モデルに移行する中、これまで炭素集約的な経済活動に携わってきた産業や労働者の役割の移行に着目しています。現状ではベンチマークにおけるスコアリング対象ではなく、企業の意識向上という位置づけで含まれており、実際の評価は来年以降反映される予定です。
この10の指標には更にサブ指標があり、これらを含めた全ての評価結果はエクセルでダウンロード可能な公開情報です。個別企業の詳細な実態、そして世界各国の取り組みの全体傾向を確認できます。例えば、取締役レベルでの監督など、気候変動対応をガバナンス体制にある程度盛り込んでいる企業が約8割存在するのに対して(指標8. Climate Governance)、ネット・ゼロに向けた具体的な目標の設定をした企業は4割に満たない(同6. Capital Allocation Alignment)など、監督責任と戦略の間にまだギャップがある傾向が見受けられます。
これまでの企業対話に加え、この新たなベンチマークを利用した投資家による対話の実施が更に企業行動を深めるきっかけとなることが期待されます。
AIGCCを活用した投資家の取り組み、対する企業の取り組み事例
ダイキン工業株式会社、株式会社 日立製作所、そしてパナソニック株式会社などの日本企業が2050年までにネット・ゼロを達成する長期目標を掲げていることがベンチマーク作成時に確認されています。更に直近では日本製鉄株式会社も2050年までにネット・ゼロを約束する等、各社の取り組みが加速している様子が見られます。
CA100+による企業対話の結果、企業行動の好循環を図れた例として、鴻海精密工業(Hon Hai Precision)が挙げられます。同社に対して、CA100+を通じた投資家とのエンゲージメントが活発に行なわれました。結果、2050年までにネット・ゼロを約束する宣言が掲げられ、宣言時にはこの対話への言及がされました。この最初の行動を投資家は認識し、評価すると共に、ネット・ゼロに向けての次なる具体的な移行計画に関する対話へとテーマは進んでいます。対話と行動の循環によって、投資家の応援の声と低炭素への移行に向けた企業行動の変化が実現された好例です。
全ての企業で検討できる対応への第一歩
CA100+の対象企業より規模の小さい企業は、取り組むリソースや気候変動に伴うリスクが比較的少ないかもしれません。しかし、そうした中小企業もサプライチェーン関係にある大手企業がCA100+の対象企業となっている場合は多く、その企業の行動に直接もしくは間接的に影響を受けることが容易に考えられます。そのため、関連のある各業種での主要企業が設定したコミットメントや目標を随時把握していくことが、どの企業においても重要なのです。特に、特定のセクターにおける低炭素への移行に伴うリスクの影響を理解することが不可欠と言えます。
日本企業に期待する取り組み
日本企業は既にTCFDのフレームワークに沿った開示を積極的に行なっており、気候変動に対する対応の思考と取組の枠組みとしては良い傾向にあると考えられます。
他方で、気候変動に関連した課題の多くは一企業単位だけでは解決することが難しく、業界全体の競争力を高めるため業界団体としても気候変動への前向きな取り組みが行なわれるよう、働きかけられることが望まれます。
その一例としては、トヨタ自動車での動きが挙げられます。同社はCA100+の対象企業ですが、投資家との対話も踏まえ、気候変動に関連した各団体へのロビイング活動の見直しを年内に実施することを春に表明されました。ロビイング活動の見直しは一つの例に過ぎませんが、こうした具体的な行動変化に向けた投資家の希望を届け、ベンチマークという客観的な評価ツールでその変化を確認し、更なる企業との対話と行動の好循環に繋がることが期待されます。
日本の投融資機関に期待する対応
今回のインタビューでは、気候変動対策における企業とのエンゲージメントの側面を中心にご紹介頂きましたが、AIGCCではその他にも複数の投資家によるワーキンググループや投資家行動をサポートするツールが提供されています。 個別の企業や業界での取り組みが実現しやすい環境を整えるために、AIGCCでは投資家の声を代表した政策提言も行なっています。具体的には、GICのアジア以外の地域の投資家ネットワーク、CDP(Carbon Disclosure Project)、PRI(Principles for Responsible Investment)やUNEP-FI(国連環境計画金融イニシアチブ)などと協力して、The Investor Agenda「気候変動に関する政府へのグローバル投資家宣言(※2)」という総称の下、各国政府に呼びかけています。
また、投資家自らの気候変動への取り組みを宣言するものとして、ネット・ゼロ・アセットマネージャー・イニシアチブ「Net Zero Asset Managers Initiative(※3)」と言う、投資家自身のネット・ゼロに向けた取り組みを宣言していく活動のアジア地域の事務局も担っています。こうした投資家行動の道筋を整備するものとして、投資家の気候変動行動計画(Investor Climate Action Plan)フレームワークも公表されました(※4)。
AIGCCでは、自らが主体またはアジア地域の事務局として関わるもの以外にも、関連するその他の投資家ネットワークの活動や事例も随時紹介しています。 サイト上に公開された豊富な情報を自由にご活用いただくと共に、必要に応じて実際にAIGCCのメンバーとしてワーキンググループや共同エンゲージメントの機会を気候変動への取り組みを深める上で役立てて頂くことを期待しています。
(※1)ネット・ゼロ・カンパニー・ベンチマークのサイト
https://www.climateaction100.org/progress/net-zero-company-benchmark/
(※2)The Investor Agendaのサイト
https://theinvestoragenda.org/
(※3)Net Zero Asset Managers Initiativeのサイト
https://www.netzeroassetmanagers.org/
(※4)インタビュー実施後、5月20日に公開
https://www.aigcc.net/wp-content/uploads/2021/05/200521_Media-Release_ICAPs-Japanese.pdf
取材日:2021年4月23日
※ナビゲーター及びゲストの肩書は当時のものです
AIGCC(Asia Investor Group on Climate Change)について
投資家の気候変動に関する意識向上や、Climate Action 100+を通じた情報およびツール提供、投資家の声を代表した政策提言にも取り組む。
- イニシアチブのURL
- https://www.aigcc.net/
- 創立年
- 2016年
- 署名機関リスト
- https://www.aigcc.net/our-members/
- 評価先企業リスト
- https://www.climateaction100.org/whos-involved/companies/
- 対象となるセクター
- 全業種
Navigator:岸上有沙 Arisa Kishigami
2007年からサステナブル投資に関連した仕事に従事。2015~2019年にFTSE Russellのアジア・環太平洋地域ESG担当者を経て独立。現在は、JSIF理事、早稲田大学非常勤講師、Chronos Sustainability社スペシャリスト・アドバイザー、Responsible Investorコラムニスト等を通じて、企業とサステナブルなお金の流れの好循環作りに携わる。
「当たり前の企業活動として、関わる環境や社会に配慮した経営を行う企業を応援するお金の流れを作りたい。」
そうした問題意識を元に、投資判断ツールを提供する立場から、ESG評価構築、企業対話、スチュワードシップ調査など、2007年よりサステナブル投資に携わってきました。
いま、10年、20年前に比べて経済や金融活動の中で当たり前に環境や社会に関連した「ESG」要素を意識する様になったことは嬉しいことです。
一方で、それが単に高評価を得るためや時流だからではなく、それぞれのESG課題になぜ取り組む意義があるのかを考え、それぞれの立場で取捨選択していけることが大切だと思います。
星の数ほどESG課題が存在する中、複数の投資家の声を代表する様な個別課題に取り組むイニシアチブが各国で活発化しています。
日本の企業は、投融資関係者は、どの様にこうした課題を認識し、取組み、評価され、イニシアチブに関わっていくべきなのか。
言語の壁、文化の壁、発信の仕方の違い等により、各国投資家の関心および日本の投資家・企業の考えが上手く巡り合っていないこともあるかもしれません。
このNarrativeを通して、そうした各国イニシアチブへの理解を深め、賛同・参加・実践・建設的な意見を反映させるひとつの橋渡しとなることを期待しています。