全ての人にとって手頃で 健康な食生活の実現を
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普段私たちが何気なく行なっている行為の一つとして、日に1、2、3回と、食べ物を口にしています。健康のためにと、食品を選ぶこともあると思いますが、そこで得られる栄養の良し悪しは、実は個人の行動では限界があるそうです。今回は、そんな「栄養不良(Malnutrition)」の課題に着目し、Access to Nutrition Initiative (以後ATNI) に関わる2名の方々にお話を伺いました。
今回の課題をご紹介頂いたのは、ATNIの代表理事であるInge Kauer(インガ・カウワー)さん、そして主に投資家対話を担当されるアドバイザーのKatie Gordon(ケイティ・ゴードン)さんです。

ATNIは、Access to Nutrition Foundationという非営利団体の下、2013年に正式にスタートしています。その名の通り、世界の誰もが空腹に苦しむことが無いことをビジョンとしており、健康的で誰もが入手可能な価格の食事が提供されるよう、またあらゆる形態での栄養不良に取り組む食品業界の取り組みを分析・促進しています。
目次
Malnutritionとは?
「栄養不良」は聴きなれない方も多いと思われますが、肥満、栄養不足、そして必須ビタミン、ミネラルの欠乏と言った「栄養不良3重苦」を主に指します。不均衡な食生活は、運動不足、アルコール摂取や喫煙以上に、多くの病気を引き起こしています。
ビジネスとして、経済として意識する理由
低中所得国で活動する企業は、栄養不良の影響で平均2.9%のGDP減少、アフリカとアジア諸国では最大で11%のGDP減少が生産性の低下によって生じると推計されています。また、2020年から2050年の間に過体重による雇用と生産性の低下がOECD諸国において平均3.3%のGDP減少に繋がると予想されており、年々肥満人口が増加している日本においても無関係な課題ではありません。
各国で活動を展開する企業にとっては、こうした経済的負担を直接受けるだけでなく、課題に対応すべく強化される食品の健康性、表示、マーケティング等の各国規制に応じる必要が高まっています。
投資家が取り組むインセンティブ
消費者による食材への意識が高まる一方、パッケージ食品(農作物以外の包装販売される全ての食品)やアルコール以外の飲料水の消費市場は大きく、2019年のユーロモニター調査によると約3兆USDの年間売上とされています。こうしたパッケージ食品に基づく食生活の改善は、個人の努力では限界があり、構造的に食品の配合、表示、販売、価格、流通を変えて行く必要があります。
栄養不良がもたらす人的・経済的なコストを減らすため、各国における規制や財政措置は強化されており、現状では炭素税よりも砂糖税を導入している国の方が多いほどです。一方、健康食品への消費者需要は増えており、2020~2024年の間には年平均成長率が6%と予想されています。こうした現状の中、投資家は企業における投資機会とリスクを見極める必要性が高まっています。
ATNIによる取り組みを促す具体策
ATNIでは、より健康的な食生活と栄養の摂取が達成できるよう、企業やその他ステークホルダーに働きかけています。具体的には、ガバナンス、商品、手頃な価格や入手可能性、マーケティング、従業員の健康的な生活、食品ラベル、そしてステークホルダー・エンゲージメントの7つの分野での食品会社の行動を評価し、その結果を開示しています。
また、「栄養、食事、健康に関する投資家要望」の作成に携わり、投資家が評価結果を食品セクターの分析に取り込み、対話を実施する枠組みを提供しています。
ATNIを活用した投資家の取り組み事例
各年で公表される新たな評価結果に基づき、ATNIは共同エンゲージメントを実施しています。2018~2019年のエンゲージメントでは、約4兆USDの資産高を誇る31の機関投資家が参加し、結果的に14社による29の具体的な行動宣言が公開されました。また、Robeco社、Candriam社、Schroeder’s社等、複数の投資家においてATNIの定性・定量情報を活用していることをご紹介しています。なお、評価結果を活用して更に具体的な栄養に関する対話ができるだけではなく、共通課題として認識している他の投資家の存在が可視化されることによって、Unilever社やConagra Brands社等の企業と有益な対話が実施できたと、Achmea Investment Management社は当イニシアチブの活用に言及しています。

具体的な企業の取り組み事例
食品業界全体においては、評価を実施し始めてから年々取り組みが改善され、またATNIへの認識と関わりが増えています。中でもNestlé社は7つの分野全てで平均以上の行動と、以前に比べての改善が確認されています。具体的には、SDGsにも紐づけながら、栄養に関連した15の目標を含んだ栄養戦略を役員承認の下、掲げていることです。また、2歳から12歳までの子供へのマーケティングに関する方針を掲げ、業界でまだ少ないとされる独立したマーケティングの監査を実施しています。
全ての企業で検討できる対応への第一歩
ATNIのグローバル・インデックスは、30社弱の世界最大手の食品会社が対象です。規模の小さい会社は、大手企業に比べて取り組むキャパシティが限られていることは理解できますが、製造会社からリテール、多国籍企業から中小企業まで、食品サプライチェーン上に存在する全ての企業において何かしらの役割があると考えられます。
栄養不良に取り組む最初の一歩としては、ビジネス戦略の中に栄養課題を取り込み、そして各国もしくは国際的なガイドラインに沿った各商品の栄養プロファイル表示システムを活用することだと言えます。
日本企業に期待する取り組み
現在、ATNIのグローバル・インデックスの対象企業として、味の素株式会社(以下、味の素)、明治ホールディングス株式会社、そしてサントリーホールディングス株式会社の3社の日本企業が含まれています。

現時点では、栄養に関する明示的な取り組みにおいて改善すべきところが多くありますが、中でも味の素の取り組みに進展が見られます。22の機関投資家による対話も実施された味の素ですが、現在は「栄養プロファイリングシステム(Ajinomoto Group Nutrient Profiling System: ANPS)」を開発し、商品の健康度合いを測定していくことを宣言しています。今後、他の日本企業も味の素に続き、7つの分野における方針と取り組み、そして開示が進むことが期待されます。
日本の投融資機関に期待する対応
日本の投資家には、日本、そして投資対象となる各国の企業と対話を行なうことによって、栄養に関する取り組みの改善に貢献することができます。
国連が掲げた「栄養のための行動の10年」は2025年を目標としており、2021年はこの中間地点となります。今年は「成長のための栄養:行動の年(Nutrition for Growth Year of Action)」として定められており、12月には東京にて通称N4G(エヌフォージー)と呼ばれているTokyo Nutrition for Growth Summit(東京栄養サミット2021)が開催される予定です。このような状況下、誰もが入手可能な健康的な食生活を実現するために、日本の投資家が企業に働きかける機会が高まっていると言えるでしょう。
ATNIの日本語紹介資料(21年4月時点)
https://accesstonutrition.org/app/uploads/2021/04/Introduction-to-ATNI-in-Japanese_website.pdf
取材日:2021.04.28
※ナビゲーター及びゲストの肩書は当時のものです
ATNI(Access To Nutrition Initiative)について
評価対象の日本企業は、味の素株式会社、サントリーホールディングス株式会社、明治ホールディングス株式会社(2021年5月時点、五十音順)。評価内容はWebサイトで公開されている。
- イニシアチブのURL
- https://accesstonutrition.org/
- 創立年
- 2013年
- 署名機関リスト
- https://accesstonutrition.org/investor-signatories/
- 評価先企業リスト
- https://accesstonutrition.org/companies/
- 対象となるセクター
- 食品(特にパッケージ商品)
Navigator:岸上有沙 Arisa Kishigami
2007年からサステナブル投資に関連した仕事に従事。2015~2019年にFTSE Russellのアジア・環太平洋地域ESG担当者を経て独立。現在は、JSIF理事、早稲田大学非常勤講師、Chronos Sustainability社スペシャリスト・アドバイザー、Responsible Investorコラムニスト等を通じて、企業とサステナブルなお金の流れの好循環作りに携わる。
「当たり前の企業活動として、関わる環境や社会に配慮した経営を行う企業を応援するお金の流れを作りたい。」
そうした問題意識を元に、投資判断ツールを提供する立場から、ESG評価構築、企業対話、スチュワードシップ調査など、2007年よりサステナブル投資に携わってきました。
いま、10年、20年前に比べて経済や金融活動の中で当たり前に環境や社会に関連した「ESG」要素を意識する様になったことは嬉しいことです。
一方で、それが単に高評価を得るためや時流だからではなく、それぞれのESG課題になぜ取り組む意義があるのかを考え、それぞれの立場で取捨選択していけることが大切だと思います。
星の数ほどESG課題が存在する中、複数の投資家の声を代表する様な個別課題に取り組むイニシアチブが各国で活発化しています。
日本の企業は、投融資関係者は、どの様にこうした課題を認識し、取組み、評価され、イニシアチブに関わっていくべきなのか。
言語の壁、文化の壁、発信の仕方の違い等により、各国投資家の関心および日本の投資家・企業の考えが上手く巡り合っていないこともあるかもしれません。
このNarrativeを通して、そうした各国イニシアチブへの理解を深め、賛同・参加・実践・建設的な意見を反映させるひとつの橋渡しとなることを期待しています。