気候変動から学べ:生物多様性のためのファイナンス宣言
Tweetここ数年、「気候変動」が環境問題の代名詞のように扱われてきましたが、気候の変動は水不足や異常気象、森林伐採や火災など、様々な環境課題と密接に関わっています。生物多様性もその一つとなります。生物多様性条約会議第15回締約国会議(CBD COP15) の本格的な開催は新型コロナウィルスの影響で2022年に延期されましたが、各ステークホルダーによる生物多様性への取り組みと関心はその状況下においても徐々に高まって参りました。
今回は、金融機関でもそうした意識と行動を高めようと、自主的に作成された「生物多様性のためのファイナンス宣言」をきっかけに 、2021年3月に設立されたFinance for Biodiversity Foundation (生物多様性のためのファイナンス財団、以下財団)の理事兼コーディネーターのAnita de Hordeさんにお話を伺いました。
生物多様性の喪失がもたらす「座礁資産」
下の絵で表されているように、世界の自然資本は急激に侵食され、私たちは生物多様性が失われている過程にあります。金融機関にとってのリスクは、気候変動の文脈で耳にする機会が増えている「座礁資産」化が、生物多様性の減少によっても生じ得ることです。気候変動では、CO2を排出する石炭・石油のように、社会の要請や利用規制などにより将来価値を失うような実物資産を「座礁資産」と呼んでいます。資産価値が大幅に下がることで、膨大な減損が生じるリスクがあります。
アニータさんの説明を補足すると、生物多様性での「座礁資産」化の説明には、農業におけるミツバチが例として最適でしょう。ミツバチが農産物の花粉交配に果たす役割は大きいですが、植物の多様性が失われることで、ミツバチの生息が難しくなっています。この結果、農作物の生産がうまくいかない状況が発生していることが課題となっているのです。生物多様性の喪失が農作地自体の資産価値を脅かす、つまり座礁資産を生み出すことになると言えます 。種の減少に対して何も取り組みを起こさなければ、結果的に私たちが生きていくうえで欠かせない農業、林業、そして漁業に影響が及ぶ、ということです。(参考レポート)
こうした課題は、これまでも国際的に認識されており、生物多様性条約に関する締約国会議(COP)が重ねられてきました。前回のCOP14会議では、2020年を期限とした愛知目標が掲げられましたが、国連加盟国の中でこの目標に達成した国は残念ながら一つもありません。
このまま生物多様性が失われれば、その多様性に依存した事業を営む企業の資産は座礁資産化し、それを保有する投融資機関の利益が損なわれるリスクが生じます。農林水産業に加えて、鉱業、アパレル等、影響を受け、与える得るリスクの高い業種に潜む移行リスクを把握する必要があります。資産の座礁資産化という視点から金融機関にとっても早急に取り組まなければならない課題としての生物多様性への認識が高まっています。
このような背景の中、経済活動の担い手が果たせる役割をより可視化することも重要だと考えられます。生物多様性の喪失を食い止め、2030年までに自然資本を取り戻すための国際的な枠組みがCOP15で約束されることが期待されています。
生物多様性のためのファイナンス宣言
金融機関が生物多様性への取り組みを進めやすくするために、財団は様々なサポートを行なっています。その主軸にあるのがFinance for Biodiversity Pledge (生物多様性のためのファイナンス宣言)の設立と管理です。この宣言文は生物多様性に取り組む金融機関から構成されるワーキンググループのもとで作成され、26の署名機関の下、2020年9月に立ち上げられました。その後、事務局が財団に移行し、インタビューを実施した2022年2月時点では 84の機関が署名し、以下の5つのコミットメントを実行することを宣言しています。
①共同作業及び情報共有
②企業との対話(エンゲージメント)
③インパクト評価
④目標設定
➄レポーティング
財団は、これらのコミットメントや生物多様性の重要性を説明したガイダンスを作成し 、宣言への署名と実施を検討している金融機関が取り組みやすいように整理しています。以降、簡単にこのコミットメントの内容をご紹介します。
5つのコミットメントとNature Action 100+の構想
まず、①の共同作業及び情報共有に関してですが、生物多様性への取り組みは、金融機関にとってまだ新しい分野であるため、効果的な情報共有が重要です。
共同作業を行ないやすいよう、財団では四半期ごとに生物多様性に関連した金融機関向けの既存イニシアチブをまとめ、発信しています。こちらは、国連投資原則(PRI)や国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP-FI)と協力して作成しています。各イニシアチブの全体像を把握することで、活動の重複を避け、より効率よく取り組むことを目的にしているからです。
なお、宣言に署名した機関の約半数は、それぞれのコミットメントを実施するための情報やノウハウの共有を行なうべく、ここに挙げられている他団体のイニシアチブに加え、財団が提供しているワーキンググループにも複数参加しています。
次に、②企業との対話(エンゲージメント)です。これまでは各金融機関で独自に展開するエンゲージメントの好事例を紹介し、各機関の自主性に任せてきました。しかし、気候変動での経験を参考に、Nature Action 100+といった投資家による生物多様性に特化した協働エンゲージメントの設立が、関連団体と共に協議されています。
行動をとるからにはその影響を理解する事が重要ですが、生物多様性への影響や依存度をどのように評価するかは非常に複雑です。目的によってもインパクト評価の手法は異なります。そこで、財団ではコミットメント③インパクト評価として、署名機関がそれぞれの目的に沿ったインパクト評価ができるように、既存の生物多様性インパクト評価に関連したツールを客観的な視点で確認し、ガイダンスをまとめています。
科学的な強靭性はあるか、生物多様性の喪失要因に対応するような内容になっているか、測定単位、データの収集方法が明確であるか、金融機関によって使用されている頻度、活用した際にかかる費用や人材は何か、などの視点を元に、既存のガイダンスの分析と紹介をしています。2022年4月にはこのガイダンスにツールを更に追加して更新する予定です。これに先駆けてインパクト評価ワーキンググループの協力の下、大前提としてどのような方針、どこから始めれば良いかを示すガイダンスも作成されました。
4つ目のコミットメントは④目標設定です。気候変動の1.5度目標に向けた目標設定と同様に、生物多様性でもアクセス可能な科学的根拠に基づき、「生物多様性の回復に向けた目標」と、「多様性喪失に繋がる行動を減らす目標」の双方が重要になります。特に今後開催されるCOP15では2030年までの明確な目標を掲げた枠組みの合意に期待が高まっています。財団としては、このような政策決定を待つだけではなく、署名機関と共に政策作りへの提言や文言へのフィードバックも行なっています。
そして、最後のコミットメントは、これらの行動を可視化するための➄レポーティングです。この5つのコミットメントは、2025年までに実施されること求められていますが、その最終工程としては、行動に基づいた年次レポーティングがあります。TNFD(Taskforce for Nature-related Financial Disclosure)など、現在構築が進められているレポーティングフレームワークの活用が期待されており、財団としても引き続き役に立つ枠組みに関して情報収集を行なっています。
日本企業や投融資機関にかける期待
84の署名機関のうち、アジア諸国の金融機関による署名は少なく、日本ではインタビュー時点で、りそなアセットマネジメントのみでした。署名自体が目的化することは避けなければなりませんが、日本企業、そして投融資機関として、生物多様性に取り組む理由は何でしょうか。
世界に36あるとされる生物多様性ホットスポットの一つが日本に存在し、他のホットスポット同様に、人為的な活動による脅威にさらされています。現状、署名機関による地域的な偏りはありますが、自然資本は国境を選ばず、どの地域においても重要な課題であるとアニータさんは指摘します。日本の金融機関の中には、既に生物多様性の考慮に優れた知見を持ち、他機関に提供できるノウハウ、そして地域間での学び合いに貢献できることが期待されています。
今年中に生物多様性のためのファイナンス宣言の署名機関は簡単に100を超え、150に達する可能性もあると財団は予想していますが、日本、そしてアジア諸国における生物多様性への実質的な関わりに今後も着目する必要があるでしょう。
取材日:2022年2月17日
※ナビゲーター及びゲストの肩書は当時のものです
Finance for Biodiversity Pledgeについて
具体的には、①共同作業及び情報共有、②企業との対話(エンゲージメント)、③インパクト評価、④目標設定、⑤レポーティングのコミットメントを実行することに対して金融機関が署名している。
- イニシアチブのURL
- https://www.financeforbiodiversity.org/
- 創立年
- 2021年(宣言文はこれに先駆けて2020年9月に設立)
- 署名機関リスト
- https://www.financeforbiodiversity.org/signatories/
- 対象となるセクター
- 全セクター
Navigator:岸上有沙 Arisa Kishigami
2007年からサステナブル投資に関連した仕事に従事。2015~2019年にFTSE Russellのアジア・環太平洋地域ESG担当者を経て独立。現在は、JSIF理事、早稲田大学非常勤講師、Chronos Sustainability社スペシャリスト・アドバイザー、Responsible Investorコラムニスト等を通じて、企業とサステナブルなお金の流れの好循環作りに携わる。
「当たり前の企業活動として、関わる環境や社会に配慮した経営を行う企業を応援するお金の流れを作りたい。」
そうした問題意識を元に、投資判断ツールを提供する立場から、ESG評価構築、企業対話、スチュワードシップ調査など、2007年よりサステナブル投資に携わってきました。
いま、10年、20年前に比べて経済や金融活動の中で当たり前に環境や社会に関連した「ESG」要素を意識する様になったことは嬉しいことです。
一方で、それが単に高評価を得るためや時流だからではなく、それぞれのESG課題になぜ取り組む意義があるのかを考え、それぞれの立場で取捨選択していけることが大切だと思います。
星の数ほどESG課題が存在する中、複数の投資家の声を代表する様な個別課題に取り組むイニシアチブが各国で活発化しています。
日本の企業は、投融資関係者は、どの様にこうした課題を認識し、取組み、評価され、イニシアチブに関わっていくべきなのか。
言語の壁、文化の壁、発信の仕方の違い等により、各国投資家の関心および日本の投資家・企業の考えが上手く巡り合っていないこともあるかもしれません。
このNarrativeを通して、そうした各国イニシアチブへの理解を深め、賛同・参加・実践・建設的な意見を反映させるひとつの橋渡しとなることを期待しています。