人と地球の健康に繋がる、アニマル・ウェルフェア
Tweetアニマル・ウェルフェア(Animal Welfare)と聞いて、思い浮かべるのは何でしょうか。毛皮コートに反対する動物愛護関係者でしょうか?それとも、そもそも聞きなれない言葉でしょうか。今回、アニマル・ウェルフェアが意味するもの、ビジネスおよび投資家にとって取り組む意義に関して、Nicky Amos(ニッキー・エイモス)氏に伺いました。

ニッキーさんは、クロノス・サステナビリティ(Chronos Sustainability)社のマネージング・ディレクターです。クロノス・サステナビリティ社は、企業の責任ある行動及びサステナブル投資に関する専門家が集結したグローバルネットワークで構成されており、各業種における環境・社会課題への取り組みを変革させていくことを活動の主な目的としています。
クロノス・サステナビリティ社は、今回の主要テーマであるアニマル・ウェルフェアを扱うBusiness Benchmark on Farm Animal Welfare (家畜アニマル・ウェルフェアに関するビジネス・ベンチマーク、通称BBFAWビー・ビー・フォー)の事務局を担当しており、そのエグゼクティブ・ディレクターでもあるニッキーさんに、アニマル・ウェルフェアというテーマに関してご紹介頂きました。
アニマル・ウェルフェアとは?
「Farm animal」、つまり食用に育てられた家畜動物の育て方は、食品の安全性、人間の健康、抗菌性耐性などに直接影響を及ぼすだけではなく、CO2排出、水の供給、土地の利用などの環境課題にも影響を及ぼします。
現在、毎年食用として飼育されている700億頭の動物のうち、約3分の2が動物にとって負担が高い、集約型の飼育が行なわれています。この集約型の飼育方法によって家畜動物が肉体的にも精神的にも健康が阻害され、食品業界における大きな課題とされています。
集約型の飼育における具体的な課題は、急激な成長を目的とした飼育、ケージまたは密度の高い状態での閉鎖的な飼育、集約型であるが故に病気を予防するための抗生物質の多用、尻尾や翼等の切断、8時間以上の長距離輸送等多く挙げられます。
ビジネスとして、経済として意識する理由
企業が取り組むべき理由として主に3つ挙げられます。
第一に、集約型飼育に関する様々な課題が存在する中、各国がアニマル・ウェルフェアに関する規制を強化しているため、国内市場は勿論のこと、活動や輸出先となる国や地域の法律にも注意を払う必要がある点です。
第二に、消費者行動の変化です。各国の消費者は提供されている食品の安全性、衛生面、品質にますます関心を寄せており、そのため、食品を提供している企業に対してより高い透明性を期待し、要求しています。
第三に、家畜動物のアニマル・ウェルフェアに関するリスクと機会の管理を求める投資家の声が高まっているためとなります。
投資家が取り組むインセンティブ
過去10年間において、投資家のアニマル・ウェルフェアに関する理解度と関心が大きく変化していることが観察されています。元々、研究所で使われる実験動物やそうした組織で飼育される動物に関連する倫理的な問題として捉えられていました。食品分野での問題はあまり考慮されておらず、法律で十分に管理されていると思い込まれていました。
今では、食品とそのグローバルなサプライチェーンにおけるアニマル・ウェルフェアがもたらすリスクについて、投資家はより深く認識し、懸念しています。アジアは食肉生産の40〜45%を占める世界最大の市場です。中でも日本は450万頭の牛、960万頭の豚、2億9,400万羽の鶏、1万1,000頭の羊と多くの動物が食用に飼育されています。
強まる規制や変わりゆく消費者趣向を考えると、この規模の市場におけるアニマル・ウェルフェア対応の有無が、日本にとってもアジア地域にとっても重要な課題であることが見受けられます。
BBFAWによる取り組みを促す具体策
10年前に、Compassion in World FarmingとWorld Animal Protectionという二つの提携団体と共に、世界最大手の食品会社が家畜動物のアニマル・ウェルフェアをどのように管理し、報告しているかを投資家が判断しやすい様、評価モデルを開発することにしました。
そのモデルは、小売業者、食品生産者、食品サービス会社と、すべての食品会社に適用できるものとして設計されました。設計する上では、企業のより広範な環境や社会課題への取り組みや投資家のESG情報を分析する手法との整合性、企業の継続的な取り組みと開示を促す仕組みとなることを意識しました。

これらの点を考慮して、4セクション、37の個別評価項目が設定されました。企業がアニマル・ウェルフェアに関する明確な方針を持ち、その方針に基づいた行動を実施しているか。企業が幅広い分野でアニマル・ウェルフェアに貢献しているか、また、消費者をどの様に巻き込み、家畜動物に具体的にどの様な好影響を与えているのか。150社の対象企業はこれらの項目に対する総合的なスコアが与えられ、1を最高評価とした6つの段階に分類されます。
BBFAWを活用した投資家の取り組み事例
BBFAWによる評価結果は、ファンドの銘柄選定のスクリーニング、対話内容や対象企業の絞り込み、年次総会での質問内容作成のためなど、様々な方法で利用されています。
例えば、抗生物質の利用に関する考えが明確に示されていない企業に対し、エンゲージメントを通じてその企業が日常的な抗生物質の使用を避けるためにどのような取り組みをしているかを尋ねることができます。また、投資家にとってのアニマル・ウェルフェアの重要性を、食品会社や業界に広く伝えるために、統一したアプローチをとることにも利用されています。
具体的な企業の取り組み事例
二つの事例をご紹介頂きました。
1つ目は、イギリス国内で2,000店舗を展開し、消費者に手頃な価格のベーカリー製品を提供しているベーカリー・チェーン、Greggs Plc (グレッグス)です。2012年以来、BBFAWの対象企業となっており、アニマル・ウェルフェアへの意識は皆無ではなかったですが、水面下で多少動いている程度という状況でした。
2014年、同社は年次総会で投資家からアニマル・ウェルフェアへの取り組みについて質問を受けました。当時、グレッグスはベンチマークにおいて下から3番目の段階となるTier4の評価でした。この投資家からの質問をきっかけに、経営陣はアニマル・ウェルフェアに注目するようになり、戦略的課題として取り組むようになりました。今では同社が掲げるサステナビリティに関する10のコミットメントの一つにアニマル・ウェルフェアが位置付けられており、直近5年間においてはTier2と上位から2番目のランクを保持した評価となっています。
もうひとつの事例は、CPF社(チャルーンポーカパン・フーズ)です。
CPF社はタイ最大のグループ会社、CPグループの食品製造部門であり、タイ最大の輸出企業の一つでもあります。グローバルに展開する中で、取引先の要望の視点からアニマル・ウェルフェアへの対応は必要と経営陣が認識し、2018年にアニマル・ウェルフェアに関する方針を発表しています。
しかし、CPF社ではアニマル・ウェルフェアは単に管理すべきリスクではなく、CPF社がこの分野でリーダーシップを発揮することで自社のパフォーマンスは勿論、業界全体にその可能性を示す市場機会となると捉えています。そのため、CPF社では、ケージフリーの卵生産への移行を含め、アニマル・ウェルフェアに関する実質的かつ野心的な取り組みを行なっており、家畜アニマル・ウェルフェアを推進するという点で、アジアにおけるお手本となることが期待されています。
全ての企業で検討できる対応への第一歩
BBFAWでは大手150社を対象にベンチマークを設計していますが、アニマル・ウェルフェアの課題は本質的には企業の規模と関係なく、食品業界の全ての企業が取り組めるものです。
消費者や取引先から寄せられるアニマル・ウェルフェアへの関心の高まりなど、家畜アニマル・ウェルフェアに取り組む動機付けを明確にし、自社のビジネスと関連する課題として理解することが最初に一歩となります。

その認識の下、ビジネス上のコミットメントを方針に落とし込み、その方針に即してアニマル・ウェルフェアへの取り組みを改善するための目標を設定し、それに対して進捗を報告することが次のステップとして考えられます。
一方、食品分野における課題の多くは構造的な課題であり、個々の企業が個別に対応する上では限界があります。世界のサプライチェーンにおけるアニマル・ウェルフェア基準の向上に特化した、初の食品業界の連合である、アニマル・ウェルフェアに関する世界連合(Global Coalition for Animal Welfare – 通称GCAW ジー・コー)への参加など、業界全体で家畜動物のアニマル・ウェルフェアに取り組むことも考えられます。
この連合は、元々Nestlé社やUnilever社のような食品小売業の大企業を中心にスタートしましたが、最近では、さまざまな地域、さまざまな食品セクター、サブセクターの企業からの申請を受け付けています。
日本企業に期待する取り組み
BBFAWのベンチマークには、2017年より日本の大手食品会社5社も対象に含まれています。
その一社である明治ホールディングス株式会社が2020年にベンチマークにおいてランク一つ上がる結果となりました。サステナビリティへの幅広い取り組みの一環として生乳のアニマル・ウェルフェアに関するガイドラインを発表し、一部の乳製品においては有機認証を取得しており、安定した調達に関するイニシアチブも公開していることがその評価に繋がっています。
こうした動きは非常に心強いですが、グローバルのベンチマークを見ると、日本企業がこの課題へのコミットメントを本当に示すには、まだまだ道のりが長いことがわかります。
日本の投融資機関に期待する対応
投資家が食品会社におけるアニマル・ウェルフェアへの取り組み改善を促すために貢献できる、3つの方法があります。
1つ目は、「家畜動物のアニマル・ウェルフェアに関するグローバル投資家声明」に署名し、投資コミュニティにとってアニマル・ウェルフェアへの取り組みが重要であることを企業に伝えることです。
第2に、BBFAWのグローバルな投資家の協働エンゲージメント(BBFAW Global Investor Collaboration)に参加し、日本だけでなく世界の食品企業に直接その重要性を伝えることです
そして、アニマル・ウェルフェアに関する情報を投資判断における分析や意思決定に直接取り込んでいくことです。
現在、日本は他国に比べてアニマル・ウェルフェアに関する認識と対応が未成熟な段階ではあります。関心が高まる中、各社がどの様に対応しているかを示すことはビジネスそして転じて投資機会であり、今後より多くの投資家この問題に取り組み始めることが期待されます。
取材日:2021年4月16日
※ナビゲーター及びゲストの肩書は当時のものです
BBFAWについて

評価対象の日本企業は、イオン株式会社、株式会社セブン&アイ・ホールディングス、日本ハム株式会社、マルハニチロ株式会社、明治ホールディングス株式会社(2021年5月時点、五十音順)。評価内容はWebサイトで公開されている。
- イニシアチブのURL
- https://www.bbfaw.com/
- 創立年
- 2013年
- 署名機関リスト
- https://www.bbfaw.com/investors/investor-statement/
- 評価先企業リスト
- https://www.bbfaw.com/benchmark/
- 対象となるセクター
- 食品・小売
Navigator:岸上有沙 Arisa Kishigami
2007年からサステナブル投資に関連した仕事に従事。2015~2019年にFTSE Russellのアジア・環太平洋地域ESG担当者を経て独立。現在は、JSIF理事、早稲田大学非常勤講師、Chronos Sustainability社スペシャリスト・アドバイザー、Responsible Investorコラムニスト等を通じて、企業とサステナブルなお金の流れの好循環作りに携わる。
「当たり前の企業活動として、関わる環境や社会に配慮した経営を行う企業を応援するお金の流れを作りたい。」
そうした問題意識を元に、投資判断ツールを提供する立場から、ESG評価構築、企業対話、スチュワードシップ調査など、2007年よりサステナブル投資に携わってきました。
いま、10年、20年前に比べて経済や金融活動の中で当たり前に環境や社会に関連した「ESG」要素を意識する様になったことは嬉しいことです。
一方で、それが単に高評価を得るためや時流だからではなく、それぞれのESG課題になぜ取り組む意義があるのかを考え、それぞれの立場で取捨選択していけることが大切だと思います。
星の数ほどESG課題が存在する中、複数の投資家の声を代表する様な個別課題に取り組むイニシアチブが各国で活発化しています。
日本の企業は、投融資関係者は、どの様にこうした課題を認識し、取組み、評価され、イニシアチブに関わっていくべきなのか。
言語の壁、文化の壁、発信の仕方の違い等により、各国投資家の関心および日本の投資家・企業の考えが上手く巡り合っていないこともあるかもしれません。
このNarrativeを通して、そうした各国イニシアチブへの理解を深め、賛同・参加・実践・建設的な意見を反映させるひとつの橋渡しとなることを期待しています。